資産運用の前に考える、ファミリーオフィスと「意思決定」

目次

ファミリー、所有、経営、資産を統合する機能

要約

ファミリーオフィスという言葉は、富裕層の資産運用や資産管理と結び付けて理解されることが少なくありません。しかし、資産運用はその重要な機能の一つではあっても、すべてではありません。ファミリーには、事業、所有、資産、承継、次世代教育など、相互に関係するさまざまな課題があります。本稿では、ファンドマネージャーとして年金基金などの機関投資家と接してきた経験も踏まえ、なぜ運用商品の選択以前に、ファミリーとしての目的や意思決定の枠組みを明確にする必要があるのかを考えます。

ファミリーオフィスをどう捉えるか

ファミリーオフィスという言葉を聞いたとき、多くの人がまず思い浮かべるのは、富裕層の資産運用や資産管理ではないでしょうか。

確かに、資産の保全や運用はファミリーオフィスにとって重要な機能です。上場株式や債券だけでなく、不動産、プライベートエクイティ、ヘッジファンド、未上場企業、海外資産などをどのように保有し、どの程度のリスクを取り、次世代にどう承継していくのかは、ファミリーにとって重要な課題です。

しかし、ファミリーオフィスを資産運用会社や資産管理会社としてだけ捉えると、その役割を十分に理解しにくい面があります。

ファミリーオフィスに求められるのは、金融資産を増やすことだけではありません。ファミリーの価値観、事業、所有、資産、承継、次世代教育、専門家との連携を、長い時間軸の中で一体として考えていくことにあります。

言い換えれば、ファミリーオフィスとは、ファミリーが世代を超えて意思決定していくための「統合機能」と考える方が、実務には近いのではないでしょうか。

運用商品を選ぶ前に決めるべきこと

資産運用の世界では、「何に投資するか」が注目されがちです。しかし、本来それよりも先に考えるべきことがあります。

なぜ資産を運用するのか。どの程度のリターンを必要としているのか。どこまで損失を許容できるのか。どの程度の流動性を確保しておく必要があるのか。どれほど長い時間軸で考えるのか。

こうした前提が定まって初めて、適切な資産配分や運用戦略を考えることができます。

これは、ファミリーの資産運用でも同じです。

ところが、ファミリーの場合には、「誰のために運用するのか」という最初の問いから、様々な要素が入り答えが一つではありません。

現在の世代の生活の安定を重視するのか。次世代への承継を優先するのか。事業会社の成長を支えるのか。ファミリー全体の資産を長期的に維持するのか。あるいは社会貢献にも一定の資産を振り向けるのか。

それぞれは相反するものではありませんが、優先順位によって望ましい資産配分やリスクの取り方は変わります。

運用商品の選択は、このような方針の後に来るものです。

年金基金との比較から見えるもの

私自身、ファンドマネージャーとして、年金基金をはじめとする機関投資家に運用戦略を説明してきました。

年金基金の場合、それぞれの基金によって事情は異なりますが、運用目的、負債構造、リスク許容度、資産配分方針、意思決定プロセスなどが比較的明確に整理されています。

少なくとも、「誰のために、どの時間軸で、どのような制約のもとで運用するのか」という基本的な枠組みは見えやすいものです。

運用会社の側から見れば、その方針を理解したうえで、自らの運用戦略がどの部分に適しているのかを説明することができます。

これに対して、ファミリーの資産運用では、その前提自体が必ずしも明確になっていないことがあります。

資産を増やすことを重視するのか、守ることを重視するのか。現在の世代と次世代のどちらにどの程度配慮するのか。事業会社への再投資と金融資産への投資をどう考えるのか。どの程度の資産を流動性の高い形で保有しておく必要があるのか。社会貢献や次世代教育を資産全体の中でどのように位置づけるのか。

さらに厄介なのは、ファミリーの中でも考え方が一致しているとは限らないということです。

こうした前提が十分に整理されていなければ、運用会社から見ても、どのような運用商品や戦略がそのファミリーに適しているのかを判断することは容易ではありません。

これは単に「運用方針書を作ればよい」という問題でもないでしょう。その前段階として、ファミリーとして何を目指すのか、資産を何のために保有するのかという考え方を整理する必要があります。

ここに、ファミリーオフィスが果たす役割の一つがあります。

事業会社の株式は単なる運用資産ではない

特にファミリービジネスを持つ一族の場合、資産構成を考えるうえで大きな特徴があります。

多くの場合、ファミリーの資産の中心には事業会社の株式があります。

しかし、この株式は通常の金融資産とは性格が異なります。

事業会社の株式は資産であると同時に、経営権でもあります。また、従業員や取引先への責任、創業者から受け継いだ理念、地域社会との関係なども、その株式の保有と深く結び付いています。

したがって、ファミリーの資産運用を考える際に、事業会社の株式とそれ以外の金融資産を完全に切り離して考えることは難しいでしょう。

事業会社にどの程度の資本を残すのか。成長投資をどこまで優先するのか。株主としてどの程度の配当を求めるのか。ファミリーが既に事業を通じて負っているリスクと、金融資産で取るリスクをどのように組み合わせるのか。

こうした論点は、一般的な個人の資産運用とは大きく異なります。

例えば、ファミリーの資産の大半が一つの事業会社の株式に集中しているのであれば、それ以外の金融資産でも同じ産業や同じ地域のリスクを積極的に取ることが適切なのかは、検討する必要があります。

一方で、事業会社株式を単なる「集中リスク」と捉え、金融理論上の分散だけを目的として売却すればよいということでもありません。その株式を保有し続けること自体に、ファミリーとしての意味がある場合もあります。

ここに、通常のポートフォリオ運用だけでは解決しにくいファミリー資産特有の問題があります。

「資産をどう運用するか」から「所有者として何を目指すか」へ

ファミリーの中には、事業会社で働く人もいれば、株主としてのみ関与する人もいます。経営に強い関心を持つ人もいれば、会社との関係が比較的薄い人もいます。

世代が進むにつれて、通常こうした立場の違いは大きくなっていきます。

そのとき重要になるのは、「資産をどう運用するか」というだけではありません。

ファミリーとして会社をどのように所有していくのか。どのような場合に株式を売却してもよいのか。どの程度の配当を求めるのか。会社の成長のために、どこまで資本を再投資するのか。

つまり、運用方針を考える前に、所有者としての方針を考える必要があります。

資産運用方針は、これらの条件の上に位置づけられるものとなります。

事業会社を保有するファミリーにおいては、事業と金融資産を合わせた全体像を見ながら、自らがどのような所有者でありたいのかを考えることが、資産運用の出発点となる場合も多いと考えられます。

専門家が増えるほど必要となる統合機能

資産や事業の規模が大きくなるにつれて、ファミリーを取り巻く専門家も増えていきます。

法務を担う弁護士、税務の専門家としての税理士に加え、金融機関や運用会社が様々な資産運用を提案します。不動産、事業承継、M&A、海外移住、慈善活動などにも、それぞれ専門家が存在します。

こうした専門家の存在は不可欠ですが、ファミリーにとって難しいのは、専門家がいないことよりも、それぞれの専門家が異なる視点から助言を行うことではないでしょうか。

法務上は適切でも、税務面では別の選択肢があるかもしれません。税務上は有利でも、ファミリー内の公平性という観点では問題が生じることがあります。投資として合理的でも、事業会社が既に持つリスクと重なり過ぎる可能性もあります。

それぞれの専門家の判断が正しくても、それらを単純に足し合わせればファミリー全体にとって最適になるとは限りません。

だからこそ、ファミリーオフィスには、専門家の知見を横につなぎ、ファミリーの目的に沿った判断へと統合していく役割が求められます。

ファミリーの目的を明確にする

その意味で、ファミリーオフィスの中心に置くべきものは、運用商品ではなく、ファミリーの目的といえるでしょう。

何を守りたいのか。

何を成長させたいのか。

どのような価値観を次世代に伝えたいのか。

事業会社を将来どのように位置づけるのか。

資産をどの程度次世代に残し、どの程度社会に還元するのか。

こうした問いに対する考え方が明確になれば、資産運用、事業承継、株式保有、社会貢献、次世代教育といった活動を、一つの方向性のもとで整理しやすくなります。

反対に、こうした目的が曖昧なままでは、ファミリーオフィスを作ったとしても、資産管理や個別案件への対応を行うだけの組織になってしまう可能性があります。

ファミリーオフィスを作ること自体が目的なのではありません。ファミリーとしてどのような意思決定を行いたいのかが先にあり、そのために必要な機能を設計するという順序が重要です。

必ずしも大きな組織を作る必要はない

ファミリーオフィスというと、専任のCIOや弁護士、税務担当者、投資担当者などを抱える大規模な組織を想像する人もいるでしょう。

しかし、すべてのファミリーがそのようなシングルファミリーオフィスを設立する必要があるわけではありません。

ファミリーの規模、資産構成、事業との関係、海外展開、次世代の人数などによって、必要な形は異なります。

外部専門家を組み合わせながら、少人数でファミリーオフィス機能を持つ方法もあります。持株会社や資産管理会社の中にその機能を持たせることも考えられます。

重要なのは、組織の名称や規模ではありません。

誰が必要な情報を集約するのか。誰が全体を把握するのか。どの場で議論するのか。誰が意思決定するのか。専門家の意見をどのように整理するのか。

この様な複雑な意思決定をファミリーにとって最適な解は何かを考えながら行う機能が実質的に存在しているかどうかが重要です。

まとめ――意思決定を支える機能としてのファミリーオフィス

ファミリーオフィスを資産運用会社として理解すると、議論はどうしても「どの商品がよいのか」「どの程度のリターンを目指すのか」に向かいます。

しかし、その前に考えるべきことがあります。

誰のための資産なのか。どの程度の時間軸で考えるのか。事業と金融資産をどう位置づけるのか。現在の世代と将来の世代の利益をどう考えるのか。そして、ファミリーとして何を実現したいのか。

ファミリーオフィスとは、こうした問いについて、ファミリーが継続的に意思決定していくことを支える機能と位置づけられます。

資産運用は、その重要な一部です。しかし、それだけではありません。

ファミリー、所有、経営、資産、承継、そして専門家をつなぎ、世代を超えた意思決定を支えること。その統合機能こそが、これから日本でファミリーオフィスを考えるうえで重要になっていくと考えています。

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