香港・シンガポールで問われる税務居住・実質支配・流動性管理
2026年8月時点
中国財政部と国家税務総局は2026年7月24日、オフショア信託に関する個人所得税の取扱いを具体化する公告(2026年第21号)を公表し、同日から施行した。今回の公告は、オフショア信託だけを対象とする新たな税目や20%という新税率を創設したものではない。既存の個人所得税法およびその実施条例を前提として、信託への財産拠出、存続中の所得帰属、中国の税務上の居住者から非居住者への移行、信託終了、死亡・承継など、オフショア信託をめぐる各段階の課税関係を具体化したものと位置づけられる。
制度上、中国の税務上の居住者が財産をオフショア信託へ拠出する場合には、拠出時の市場価値から原価と合理的費用を差し引いた額が「財産譲渡所得」として課税対象となる。信託の存続中には、中国の税務上の居住者が拠出した信託および信託が保有・支配・管理する一定の海外事業体に生じた所得を、実際に分配されているか否かにかかわらず中国の税務上の居住者に帰属させ、所得の性質に応じて年次申告する。ここで課税されるのは保有資産の含み益を毎年時価評価した額ではなく、その年度に生じた財産譲渡所得や利子・配当等の所得である。一方、拠出、中国の税務上の非居住者への移行、信託終了、一定の死亡時などの課税イベントでは、市場価値を基準として潜在的な値上がり益が課税対象となり得る。
「財産譲渡所得」および「利子・配当・分配所得」には中国個人所得税法上20%の比例税率が適用される。受託者報酬、信託管理費、法律サービス費、投資顧問料等は、公告上、信託所得の課税所得から控除できない。2023年以降の一定の財産拠出に係る未納税額や、2026年1月1日前の一定の信託所得等については、施行日から90日以内に申告・納付すれば滞納金を加算しない経過措置が設けられており、実務上の期限は2026年10月22日となる。また、信託終了時や中国の税務上の居住者の死亡時に納税が困難な一定の場合には、届出により最長5年間の均等分割納付が認められる。
今回の公告は、中国本土の富裕層だけの問題ではない。香港・シンガポール側のファミリーオフィス税制や信託制度は引き続きそれぞれの法域で機能する一方、中国側では「誰が中国の税務上の居住者に該当するか」「信託や傘下会社を誰が実質的に支配しているか」が別のレイヤーで問われる。したがって、中国系ファミリーの資産管理を担う受託者、ファミリーオフィス、プライベートバンク等には、家族の税務居住性、信託傘下会社の実体、CRS・KYC情報との整合、資産評価、過年度記録、納税流動性までを一体で点検する必要性が高まると考えられる。
目次
- 今回の制度変更
- 香港・シンガポールの制度とは別レイヤーの問題
- 税制優遇だけでは解けない中国側の課税
- 信託所在地より重要になる税務居住と実質支配
- Family Residence Mapという発想
- 信託傘下の投資会社にも問われる「実体」
- 登記地より問われる運営実態
- CRSにより「情報の整合性」が実務課題になる
- 情報の不整合自体がリスクになる
- 税率以上に重い「納税流動性」の問題
- Tax Liquidity Planningの必要性
- 香港・シンガポールのファミリーオフィスが点検すべき事項
- 「どこに置くか」から「どう統治するか」へ
- 参照資料
