本稿のポイント
- 2027年分の所得税から、いわゆる「富裕層ミニマム課税」が強化され、特別控除額は3億3,000万円から1億6,500万円へ引き下げられ、税率は22.5%から30%へ引き上げられる。
- 自社株などに大きな含み益を持つビジネスオーナーが海外移住を検討する場合、「国外転出時課税(いわゆる出国税)」が関係する可能性がある。
- 重要なのは単純な税率比較ではなく、「家族の居住地」「自社株・金融資産」「事業」「資産承継」を一体として長期的に考えることである。
海外移住、海外法人の設立、ファミリーオフィスの設置、そして次世代への資産承継。
日本の企業オーナーや富裕層にとって、資産や事業を国境を越えて管理することは、以前ほど珍しい選択肢ではなくなっている。
一方で、日本の税制も変化している。
その中で、特にビジネスオーナーにとって押さえておきたいのが、「国外転出時課税(いわゆる出国税)」と「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」である。本稿では、後者を便宜上「富裕層ミニマム課税」と表記する。
前者は、一定の資産を保有する人が日本から海外へ転出する際に問題となり得る制度である。後者は、極めて高い水準の所得を得た個人について、一定水準以上の所得税負担を求める制度である。
両者はまったく別の制度であり、単純に「日本に残っても、海外へ出ても課税される」という関係ではない。
しかし、自社株などに大きな含み益を持つビジネスオーナーにとっては、「いつ売却するのか」「どこに住むのか」「誰に承継するのか」を切り離して考えることが難しくなっているという共通した問題を浮き彫りにしている。
目次
2027年から強化される「富裕層ミニマム課税」
まず確認しておきたいのが、「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」である。
この制度は2023年度税制改正で創設され、2025年分の所得税から適用されている。
現行制度では、その年の基準所得金額が3億3,000万円を超える場合、
(基準所得金額-3億3,000万円)×22.5%
によって算出した金額と「基準所得税額」を比較し、前者が上回る場合、その差額が所得税に加算される。
したがって、「所得が3億3,000万円を超えると、その超過部分に一律22.5%が追加課税される」という制度ではない。
基準所得金額には、給与・事業所得だけでなく、株式等の譲渡所得、土地建物等の譲渡所得なども含まれる。
つまり、毎年巨額の給与を受け取っている人だけが関係する制度ではない。
会社を創業し、長年かけて自社株の価値が大きく上昇した後、その株式を売却するビジネスオーナーにとっても重要な制度なのである。
2027年分から「1億6,500万円・30%」へ
さらに重要なのが、2026年度税制改正である。
2027年分の所得税から、追加負担を計算する際の特別控除額は3億3,000万円から1億6,500万円へ引き下げられ、税率は22.5%から30%へ引き上げられる。
改正後の基本的な計算は、
(基準所得金額-1億6,500万円)×30%
によって算出した金額と基準所得税額を比較する仕組みとなる。

【図1 富裕層ミニマム課税の見直し】
重要なのは、「1億6,500万円を超える所得に一律30%を課税する制度」ではないことである。
上記の方法による算出額と基準所得税額を比較し、前者が上回る場合に、その差額が所得税に加算される。
なぜビジネスオーナーに関係するのか
この制度がビジネスオーナーにとって重要なのは、日本の所得税では所得の種類によって課税方法が異なるためである。
例えば、給与所得や事業所得には累進税率が適用される一方、株式等の譲渡所得には別の課税体系が存在する。
その結果、極めて高額な所得を得ていても、所得の構成によって実際の所得税負担率に差が生じ得る。こうした状況を踏まえ、税負担の公平性を確保する観点から導入されたのが、この制度である。
ビジネスオーナーとの関係で典型的に考えられるのが、創業者による自社株の売却である。
例えば、創業者が長年かけて会社を成長させ、自社株の価値が大きく上昇した後、その一部または全部を売却するケースである。その場合、売却によって大きな譲渡所得が実現する可能性がある。
したがって、この制度は毎年の所得だけの問題ではなく、M&AやIPO後の株式売却など、ビジネスオーナーにとって人生の中で限られた回数しか発生しない大きな資本取引にも関係し得る税制である。
株式売却前の海外移住と「国外転出時課税」
自社株に大きな含み益がある場合、海外移住と株式売却の時期を検討するケースもあり得る。
そこで確認する必要があるのが、国外転出時課税、いわゆる「出国税」である。
日本では2015年7月から国外転出時課税制度が導入されている。
一定の居住者が国外転出する際、対象資産の価額等の合計額が1億円以上で、原則として国外転出日前10年以内に国内に住所または居所を有していた期間の合計が5年を超えるなどの要件を満たす場合、実際に対象資産を売却していなくても、一定の含み益が課税対象となる。
対象資産には、有価証券(株式や投資信託など)、匿名組合契約の出資持分、未決済の信用取引やデリバティブ取引などが含まれる。
ここでもビジネスオーナーにとって重要なのが、自社株である。
対象となる有価証券は上場株式に限られず、非上場の自社株も対象となり得る。
したがって、「まだ会社を売却していない」「自社株を現金化していない」という段階でも、海外移住によって国外転出時課税が問題となる可能性がある。
「売っていないのに課税」が意味するもの
これは企業オーナー特有の問題を生じさせる可能性がある。
例えば、創業時にはほとんど価値のなかった自社株が、長年の事業成長によって大きな価値を持つようになったとする。
資産評価額は大きい。しかし、その大部分が自社株であれば、本人が同額の現金を保有しているとは限らない。
国外転出時課税では一定の場合、実際に株式を売却していなくても含み益が課税対象となるため、資産価値と納税に必要な流動性が一致しないという問題が生じ得る。
もっとも、国外転出前に納税管理人の届出を行うことなど一定の手続きを行い、必要な担保を提供するなどの要件を満たせば、納税猶予制度を利用できる。
納税猶予期間は原則5年間で、延長の届出により最長10年間とすることができる。
したがって、「出国税があるから海外移住できない」ということではない。
重要なのは、海外移住を決定した後に税務を確認するのではなく、移住を検討する段階で、自社株等の評価、取得価額、含み益、流動性、納税猶予の可否などを専門家と確認することである。
本人が移住しなくても「国境」は生まれる
国外転出時課税に関連して、もう一つ見落としやすい点がある。
本人が海外へ移住するケースだけが問題になるわけではない。
一定の要件を満たす居住者から非居住者へ対象資産を贈与した場合や、相続・遺贈によって非居住者へ対象資産が移転した場合にも、国外転出時課税に関連する制度が設けられている。相続の場合にも、対象資産1億円以上、原則として被相続人の過去10年以内の国内居住期間が5年超といった要件が設けられている。
これはファミリーオフィスの実務を考えるうえでも重要である。
例えば、創業者である親は日本に住み続けている一方、子どもは海外の大学へ進学し、そのまま海外で就職して現地に生活基盤を築いている。
このような場合、
「誰がどこに住むのか」
という問題と、
「誰に、いつ、どの資産を承継するのか」
という問題を切り離して考えることは難しくなる。
ファミリーの国際化は、そのまま資産承継の国際化にもつながるのである。
「日本に残るか、海外へ出るか」という二択ではない
ここまでを見ると、
「日本に住み続けて株式を売却すれば富裕層ミニマム課税、海外へ移住すれば出国税」
という二者択一のようにも見える。
しかし、これは正確ではない。
富裕層ミニマム課税と国外転出時課税は、それぞれ対象者、対象となる所得・資産、課税時点、計算方法が異なる独立した制度である。
また、実際のクロスボーダー税務では、これら以外にも、税務上の居住者・非居住者の判定、相続税・贈与税、外国税額控除、租税条約、海外法人を保有する場合の外国子会社合算税制(CFC税制)など、さまざまな制度が関係する可能性がある。
したがって重要なのは、「どの国に移れば税金が一番安いか」という一点だけから考えることではない。
「税率」からではなく「家族・資産・事業」から考える
企業オーナーの場合、個人の資産と事業は密接につながっている。
本人が海外へ移住する。子どもが海外に定住する。自社株を売却する。事業会社をM&Aで売却する。自社株を次世代へ承継する。海外法人やファミリーオフィスを設置する。
これらは別々の意思決定に見えるが、税務、法務、資産運用、事業承継という観点では相互に関連している。
だからこそ、ファミリーオフィスの実務では、
個人の居住地
× 家族の居住地
× 自社株・金融資産
× 事業会社
× 資産承継
× ファミリーガバナンス
を一体として考える視点が重要になる。
特に自社株の価値が大きくなった企業オーナーの場合、重要なのは今年の税負担だけではない。
5年後、10年後に誰が会社を所有し、誰が経営し、家族がどこに住み、資産をどのように保有するのか。
そこから逆算して現在の資産管理や承継を考える視点が必要になる。
「節税」ではなく「設計」の問題へ
出国税や富裕層ミニマム課税について考えると、ともすると「どうすれば税金を減らせるか」という話になりやすい。
しかし、ファミリーオフィスの実務は本来それだけではない。
重要なのは、家族・資産・事業を複数世代、複数法域にまたがって、どのように管理し、承継していくのかという長期的な設計である。
そこでは税務だけでなく、法務、資産運用、事業承継、ファミリーガバナンス、次世代教育など、複数の専門領域が交差する。
そして、一人の専門家だけですべてを判断できるものでもない。
税理士、弁護士、会計士、金融機関、資産運用会社、ファミリーオフィス実務家など、異なる専門性を横断して全体像を捉えることが重要になる。
これは、ファミリーオフィスを単なる資産運用の仕組みではなく、ファミリー全体の長期的なガバナンスとして捉える理由の一つでもある。
まとめ――国境を越える前に、全体像を見る
2027年分の所得税から、いわゆる富裕層ミニマム課税は強化され、特別控除額は3億3,000万円から1億6,500万円へ引き下げられ、税率は22.5%から30%へ引き上げられる。
一方、日本から海外へ移住する際には、一定の資産・居住期間等の要件を満たす人について、国外転出時課税が関係する可能性がある。
これは、「日本に残るべきか、海外へ出るべきか」という単純な話ではない。
むしろ制度が複雑になるほど重要になるのは、
「家族」「資産」「事業」を同じ時間軸の上に置き、将来から逆算して考えること
ではないだろうか。
世界的に人、資本、事業が国境を越えることが一般化する一方、税制もまた国境を越える資産や所得への対応を進めている。
企業オーナーやその家族にとって、海外移住、株式売却、事業承継、ファミリーオフィスの設置は、それぞれを単独で判断するのではなく、長期的な資産管理とファミリーガバナンスの一部として検討することが、これまで以上に重要になっている。
注記
本稿は、2026年9月時点で公表されている国税庁および財務省等の資料に基づき、国外転出時課税制度および「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」について一般的な情報を整理したものです。個別の税務・法務上の助言、特定の取引、海外移住、資産移転その他の行為を推奨するものではありません。
実際の課税関係は、居住状況、資産の種類・評価額・取得価額、所得の内容、家族構成、法人・取引の状況、適用時期等によって異なります。具体的な判断にあたっては、税理士、弁護士その他の適切な専門家にご相談ください。
主な参考資料
国税庁「特定の基準所得金額の課税の特例」
国税庁「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例」
財務省「令和8年度税制改正の大綱の概要」
財務省「令和8年度 税制改正(国税)等について」
