ファミリービジネスでは「経営・所有・家族」という複数の立場が重なります。これは創業期の強みである一方、企業の成長や世代交代とともに複雑さを増す要因にもなります。
重要なのは、事業会社の経営とファミリーとしての意思決定を混同しないことです。ファミリーオフィスは会社経営に介入する組織ではありませんが、所有者としての考え方を整理し、事業会社との適切な関係を築くうえで重要な役割を果たします。
本稿では、事業会社の経営とファミリーの意思決定をどう切り分けるべきか、そして企業価値を高める「良い所有者」であるためにファミリーオフィスが果たすべき役割について解説します。
目次
「経営・所有・家族」三つの立場の重なり
ファミリービジネスを理解するうえで難しいのは、一人の人間が複数の立場を同時に持つことです。
創業者であれば、会社の経営者であり、大株主であり、同時にファミリーの中心でもあることが少なくありません。
二代目、三代目になると、その関係はさらに複雑になります。
ファミリーのメンバーでも、ある人は社長であり株主でもある。別の人は会社では働いていないものの株式を保有している。また別の人は将来の後継者候補として会社に入っている。さらに、その配偶者や子どもも将来の株主になる可能性があります。
このように、ファミリービジネスでは「経営」「所有」「家族」という異なる関係が重なっています。
それぞれの立場では、合理的な判断が異なることがあります。
経営者としては、利益を成長投資に振り向けたいと考えるかもしれません。
株主としては、一定の配当を受け取りたいと考えるかもしれません。
ファミリーとしては、次世代に資産を公平に承継したいという考えもあるでしょう。
どれか一つが正しく、他が間違っているわけではありません。
問題は、異なる立場から生じる判断を区別しないまま議論してしまうことです。
創業期の強みである「一体性」
創業期の企業では、経営と所有とファミリーが一体であることが、むしろ大きな強みになります。
創業者は自身が資本を投じ、自らリスクを取り、自ら経営判断を行います。
会社をどこへ向かわせるのかという理念と、株主としてどの程度のリスクを取るのかという判断が一人の中で完結するため、意思決定は速くなります。
短期的な利益よりも長期的な成長を優先することもできます。
市場環境が悪化したときに、外部株主の短期的な評価を過度に気にせず、将来のための投資を継続できることもあります。
ファミリービジネスが持つ長期志向や意思決定の速さは、こうした所有と経営の一体性から生まれる部分があります。
したがって、「所有と経営を分ける」ということは、両者を完全に切り離すという意味ではありません。
重要なのは、それぞれの役割を意識することです。
成長と世代交代に伴う「経営」と「所有」の分離
企業が成長し、世代が進むと、創業者の中で一体となっていた機能を、一人の人間だけで担うことは難しくなります。
事業が複雑になれば、経営には専門的な能力が必要になります。
海外展開、新規事業、M&A、人材戦略、資本政策などを考えれば、必ずしもファミリーメンバーだけで経営陣を構成することが最善とは限りません。
また、株式も次世代へと承継されていきます。
兄弟姉妹やその子どもへ株式が分散すれば、会社で働いていない株主も増えていきます。
そのため、経営と所有の距離は、自然に広がっていきます。
ここで一つの重要な転換が起きます。
創業者の時代には「社長がどうしたいか」が、そのまま「株主がどうしたいか」であったものが、次の世代では必ずしも一致しなくなるわけです。
この変化をかならずしも問題として捉える必要はありません。
むしろ、企業が成長し、ファミリーが世代を重ねれば自然に起こることです。
大切なのは、その変化に合わせて、意思決定の仕組みも変えていくことなのです。
「事業会社の意思決定」と「ファミリーの意思決定」を分ける
ここで特に重要なのが、事業会社の意思決定とファミリーの意思決定を分けて考えることです。
事業会社の取締役会は、企業価値を持続的に高めるために経営上の意思決定を行う場です。
取締役は、ファミリーの代表者としてではなく、会社の取締役として責任を負います。
一方、ファミリーには、ファミリーとして決めるべき事項があります。
例えば、
どのような理念を共有するのか。
ファミリーとして事業会社を長期保有するのか。
ファミリーメンバーが会社に入る場合にどのような条件を設けるのか。
次世代への株式承継をどのように考えるのか。
どのような場合に株式を売却できるのか。
こうした問題は、事業会社の取締役会だけで決める性質のものではありません。
反対に、商品開発、人事、事業投資、個別のM&Aといった経営上の判断を、ファミリー会議で決めることも適切ではないでしょう。
この二つを混同すると、企業経営がファミリーの事情に左右されたり、反対にファミリーの問題が事業会社内部に持ち込まれたりする可能性があります。
ファミリーガバナンスにおいて重要なのは、それぞれの意思決定を適切な場で行うことです。
ファミリーオフィスは「経営介入」ではなく「所有者の意思整理」を担う
この点は、ファミリーオフィスの役割を考える際にも重要です。
ファミリーオフィスは、事業会社の経営に直接介入するための組織ではありません。
事業会社には経営陣がおり、取締役会があり、それぞれの権限と責任があります。
ファミリーオフィスが個別の事業判断について指示を出すようになれば、経営責任の所在が曖昧になる可能性があります。
では、ファミリーオフィスは事業会社と関係を持つべきではないのでしょうか。
そうではありません。ファミリーオフィスが事業会社の株主である場合、彼らは最重要な株主と言えます。つまり、ファミリーオフィスは、事業会社の株主としてファミリーが「所有者として何を考えているのか」を整理する役割があります。
事業会社を長期的に保有したいのか。
どの程度の成長を期待しているのか。
どの程度のリスクを許容するのか。
配当と再投資をどのように考えるのか。
次世代に事業を承継することを前提とするのか、それとも状況によっては外部への売却も選択肢とするのか。
こうした所有者としての基本的な考え方を整理し、必要に応じて事業会社と共有することには大きな意味があります。
経営への介入と、責任ある所有者としての意思表示は、分けて考える必要があります。
所有者の考え方が企業価値を左右する
私は長く投資家として企業を見てきましたが、株主の性格は企業の行動に少なからず影響を与えます。
どの経営者も、主要な株主が短期間で大きな利益還元を求めれば、長期的な投資を行うことが難しくなる場合があります。
反対に、長期的な視点を持つ株主が存在することで、短期的な業績変動に過度に左右されず、研究開発、人材、ブランド、新規事業などへの投資を続けられることもあります。
この意味で、ファミリー株主は企業にとって大きな強みになり得ます。
しかし、それは「何も言わずに株式を持ち続けること」と同じではありません。
長期保有するのであれば、なぜ保有するのか。
企業にどのような成長を期待するのか。
どの程度の収益性を求めるのか。
どのような資本政策を望むのか。
所有者としての考え方が整理されていることで、経営者は意思決定の方向性が明確になります。
ファミリーガバナンスは、経営者を縛るためのものではなく、経営者が長期的な意思決定を行うための前提を明確にする役割を持っています。
ファミリーと経営の接点となる「資本政策」
経営と所有の関係が最も表れやすい領域の一つが、資本政策です。
利益をどこまで内部留保するのか。
どの程度を成長投資に使うのか。
配当として株主に還元するのか。
自社株買いを行うのか。
新たな株主を受け入れるのか。
事業の成長に必要であれば、持分比率の低下を受け入れて外部資本を導入するのか。
これらは経営判断であると同時に、所有者の考え方と深く関係します。
例えば、ファミリーが議決権比率を維持することを最優先すれば、大規模なエクイティファイナンスには慎重になるでしょう。
一方、事業の成長を優先するのであれば、持分比率が低下しても外部資本を活用するという判断もあり得ます。
重要なのは、ファミリーとして何を優先するのかを認識したうえで、経営側と建設的な対話ができることです。
これは上場ファミリービジネスにおいて特に重要になります。
上場会社にはファミリー以外の株主が存在します。
ファミリーが大株主であるからといって、会社をファミリーの意向だけで運営することはできません。
むしろ、長期的な大株主としてどのような価値を企業にもたらしているのかを、他の株主やステークホルダーにも理解してもらう必要があります。
つまり、ファミリーの存在そのものではなく、ファミリーがどのような所有者であるかが問われるのです。
「何を・誰に・どう承継するか」を分解する
事業承継という言葉からは、社長の交代や株式の相続を思い浮かべることが多いでしょう。
しかし、ファミリービジネスにおける承継は、それだけではありません。
次世代に何を承継するのかという問題には、いくつかの異なる要素があります。
経営を承継すること。
株式を承継すること。
資産を承継すること。
理念や価値観を承継すること。
これらは必ずしも同じ人に承継される必要はありません。
経営能力を持つファミリーメンバーが経営を担い、その他のファミリーメンバーは株主として会社を支える形も考えられます。
場合によっては、経営を外部の専門経営者に任せながら、ファミリーが長期株主として会社を保有し続けるという選択肢もあります。
「後継者を誰にするか」という問いだけではなく、「何を、誰に、どのように承継するのか」と分解して考えることが重要です。
ここでも、ファミリーオフィスは、事業会社の経営そのものを担うのではなく、ファミリーとしての所有や資産、承継を整理する役割を果たすことができます。
まとめ:良い所有者であり続けるための仕組み
ファミリービジネスでは、経営、所有、家族という三つの関係が重なります。
創業期には、その一体性が企業の大きな強みになります。
しかし、事業が成長し、世代が進むにつれて、それぞれの役割を区別する必要が生まれてきます。
事業会社の経営は、経営陣と取締役会が担います。
ファミリーは、所有者として何を目指すのかを考えます。
そしてファミリーオフィスは、資産、所有、承継、専門家などをつなぎながら、ファミリーが長期的な意思決定を行うことを支えます。
重要なのは、ファミリーが経営にどこまで関与するかということだけではありません。
ファミリーが「どのような所有者でありたいのか」を考えることではないでしょうか。
長期的な視点を持ち、必要な成長投資を支え、経営者に適切な規律を求め、同時に従業員、取引先、少数株主、地域社会との関係にも責任を持つ。
そのような所有者であることができれば、ファミリーの存在は企業にとって大きな競争力になり得ます。
ファミリーオフィスは、そのための意思決定と対話を支える一つの重要な仕組みと位置づけることができるでしょう。
